父の味噌汁
父の味噌汁が異様に美味しかったのが、ずっとずっと謎だった。
美味しさは、信州の水と空気と新鮮な野菜のせいだと思っていた。
私が実家に帰ると、父は味噌汁と御飯を炊いて、朝ごはんを作ってくれた。
母が旅立った後、父はひとりで御飯を炊き、ひとりで味噌汁を飲んでいた。
他のおかずが要らないほど、父の味噌汁は美味しかった。
父の味噌汁がなぜ美味しかったか。数年たって私が料理の係になり、やっと判明した。
美味しさの正体は、油揚げだった。
そういえば、父の味噌汁には、いつも油揚げが入っていた。
父は、冷蔵庫にモノがなくなることを嫌がる人だった。それは私の考えとは正反対だった。冷蔵庫に入っているものと同じものを、いくつもいくつも買う人だった。
私は実家に帰るたびに、賞味期限の切れた油揚げを、父の見えないところで処分した。
物をすてられない世代の人間だから、もったいないという精神のわりに、食べ物を無駄にしている。と、いつも思っていた。
私はものを大量に買い込む父がいやだった。
1つ、いや最低でも2つあればいいではないかと。
でも今はこう思う。父は、欲しいものがなんでも買える時代になり、真っ白く照りつける蛍光灯の光に平和を感じていたのではないかと。
父は、何もないガランとした家よりも、ものに囲まれていることで貧しかった戦時中を思い出さないようにしていたのではないか。
心の中がわからないまま、父は3年前に倒れ、結局家に帰ることが出来ずに、母のもとへ旅立ってしまった。
いまでも、私の実家の冷凍庫の中には、あのとき父が買った油揚げが1袋入っている。
あれだけ、ものが多かったことに嫌悪感をもっていたのに。私は捨てられないのだ。
自分で料理をするようになった今、私がよく使うようになった油揚げは、冷蔵庫(冷凍庫)にいくつあってもいいかなと思うようになった。
体調が悪くて、買い物に行きたくない時に、冷蔵庫に何もないと、辛いのだ。
ものは持たないほうが良いと、言われている世の中だけれど、それにとらわれ過ぎずに自分が辛くならない生き方をしようと、改めて考えている。
外面
しばらくぶりの投稿になると、何を書こうかな?と思ってしまいます。
お久しぶりです。おりこです。
台北に旅してまいりました。
旅のことをいろいろ書きたいなと思っているのですが、ちょっとエンジンがかからないので、いつか書ければと思っています。
最近、かばんの中に入れているもの。という他の方のブログを読んでいて、ふと思い出したことがありました。私の場合、お財布に必ず入れているものなのになるのですが、それは「絆創膏」です。昔、靴擦れになって痛い思いを始終していたので、外出先でしょっちゅう「絆創膏」を買っていました。おかげで家には絆創膏がたんまり。年を重ね、少しだけ学習し、いつも持ち歩いているお財布に絆創膏を入れるようにしました。結果、絆創膏は、この数年で時々ではありますが、役に立ってくれています。
私が絆創膏をお財布に入れているのは、もちろん自分のためなのですが、痛がっている人のためでもあります。ときどき、道の端っこで靴を脱いでかかとを見ている人々に遭遇します。そんなとき、「どーぞ」とか、ある時は"please"と言いながらすっと差し出して立ち去ります。最近も外国人の若いお母さんに「くつずれ?」と、日本語で聞いて二枚あげました。その時に相手の怪訝そうな顔が、驚きに変わり、ほころぶ瞬間が、幸せなんです。その日は、いいことしちゃった。と、一人いい気持ちに浸ります。
自己満足なのですが、自分にできる親切は絆創膏を差し出すことですw
ところで私は、どうしても身内に厳しくなってしまいます。
(過去には両親、今は夫がターゲット)
その理由がわからないまま今日まできてしまっています。甘えているのかなあ?
よくわかりません。
台湾人は日本人に対して親切ということをよく耳にしますよね。
実際行ってみて、それは本当に痛感しました。思い出すと、涙出そう。
私が本当にやらなければいけないのは、外国人、日本人という壁をなくして人に思いやることということを、思い直した旅でもありました。
甘さと塩っぱさが美味しい「いが饅頭」
埼玉県が実家の友人からいただいた「いが饅頭」。埼玉県の北部地方に伝わる和菓子です。塩昆布をつまみながら頂くのがお気に入り。
赤飯の中に、粒あんの饅頭が入っています。
赤飯の塩っぱさと、饅頭の甘さを味わうわけですが、とても美味しいんです。
これを頂くとき、世の人間関係を思ってしまいます。
同じ人でも、優しく甘い部分もあれば、しょっぱく苦手なところもある。
このいが饅頭を食べると、自分の人に対する姿勢を考えさせられます。
(ちょっと重いかな。笑)
人間だもの。いいところもあるし、欠点もある。私は人への評価が厳しすぎるので、もっと楽にいこうよ。人はいろいろな味があって、それぞれなんだから。と、この饅頭に言われるような気がするのです。
新しい年を迎えて
明けましておめでとうございます。
元日は、私にとって特別な気持ちになれる、貴重な一日です。
心と身体、ともに無理をしないよう、上手にアクセルとブレーキを踏みながら、平穏な年になる事を祈っています。
初日の出は、近くの貝塚にて。
寒くて身体を震わせて日の出を待っていましたが、うっすらと日の光が差し始めたとたん、一気に空気が温かくなりました。
太陽のパワーはすごいですね。
古代、縄文人も竪穴式住居から外に出て、陽の光を浴びて、ひれ伏したり、手を合わせていたかもしないと思うと、人間の行うことは変わっていないのかも。と、考えさせられた瞬間でした。
私の人生の目標は、丁寧に生きて行くこと。
その礎となる年になれるよう、心穏やかに過ごしてゆきたいと思います。
よいお年をお迎えください
農家さんからお餅を買いました。上は玄米のお餅。初めて食べます😝
子供の頃、年末に祖父が薪でおこわを炊いて餅をついてくれました。次兄が火の番で、母が餅を切る係でした。寒い田舎の冬休み。毎年楽しみなイベントでした。
自分で餅を切って、当時の記憶がよみがえりました。
来年は元号が変わりますが、平和で普通の生活を送ることが出来れば何よりと思っています。
来年もよろしくお願いします。